越中富山の石畳がある古い町並みを巡るブルベ「BRM1011神奈川200km富山」も、越中八尾、八日町通り、城端と過ぎて後半戦に突入。富山湾に向かって北上することになる。
キューシートでは118キロ地点の国道471号に入る前後で小矢部の古い町並みがあると書かれていたが、よく分からなかった。ゴールドウイン本店は分かったけどね(^_^; でも前身の津澤メリヤス製造所がここ小矢部市で創業したとは知らなかった。
その国道沿いにあったのが118メートルのタワーのある「クロスランドおやべ」。同市で高速道路が十字交差することから設置されたという。


それにしても、富山の道ってどうしてこんなにまっすぐなんだろう。そういうコースを主催者が引いてくれたのかも知れないが、路肩も広く信号もない、とっても走りやすいコースだった。
平坦で見渡す限り田畑の「小矢部広域農道」を気持ちよく走り抜けて高岡市に入り、しばらくすると高岡鋳物発祥の地の金屋町。千本格子造りの家々が軒を連ね、石畳の道が500メートルほど続いている。



静かな町並みを抜けると、このブルベで唯一の渋滞にでくわす。ほとんど車の姿を見なかったので、数台車が連なって信号待ちしているだけで新鮮な感じがした。後で地図を見ると高岡駅のすぐ近くだった。ただこの渋滞も一瞬で、すぐに山町筋へと左折する。ここは江戸時代に商都として栄えたエリアで、明治後期の大火後に建てられたという土蔵造りの建物が並んでいる。

山町筋通過が午後2時53分。実は12キロ先の155キロ地点の新湊では渡船で越し潟から堀岡まで渡る。本数は少なく、午後3時台は7分と37分の2本。37分に間に合うか。逃せば次は午後4時7分。30分待ちは痛い。何とか午後3時37分に間に合わせるべく、トルク満開で漕ぎ続ける。
いけね、途中に見どころの「越中浜往来」と海王丸パークでのフォトチェックがあるじゃないか。焦る焦る。
「越中浜往来」は新湊の放生津(ほうしょうづ)から富山湾沿いに西岩瀬へと続く、中世の頃の主要な街道で、万葉の時代には歌人・大伴家持が、戦国の時代には羽柴秀吉らの英雄たちが、そして江戸時代には俳人・松尾芭蕉が、この地を旅したそうだ。
その入口到着は午後3時18分。あと約4キロを19分。ところが進入禁止の標識が! 自転車可の但し書きもない。困ったが悩んでいるヒマはない。手前を左折して回避。すると運河沿いの「日本のベニス」といわれている内川エリアに出た。2年前に来てる懐かしい所だけど、あれ? ここが「越中浜往来」なんだっけ? 違う? でもここはここでいい雰囲気だよ。楽しんでる余裕はないけど。


新湊きっときと市場には目もくれず、海王丸パークへと一目散。到着は午後3時26分。あと11分。700メートル。間に合ったか。
海王丸をバックに慌ただしく写真を撮り、キューシート通り「新湊大橋の歩行者通路用入り口前の公衆トイレの右側から敷地を出る」。これでホントに行けるんかいな、と不安だったが、踏み切りを渡ると船着き場があった。午後3時29分。出港まであと8分もある。間に合ったぞ。よっしゃー!


安心して待っていると、ちょっと強めの雨が降りだし風も吹いてきた。そして、ガツンという嫌な音。船着き場で波に揺れていた渡船が岸壁にぶつかったらしい。慌てて飛び出すスタッフ。「ダメ」とか言う声が聞こえてくるよ。え? マジ? そのまさかで、何らかのトラブルが発生したらしく、確認のため運航を休止するという。再開までの時間も分からないので「トンネルを行った方がいい」と言われ、がく然。「トンネル」とはどうやら新湊大橋の歩道のことを指しているらしい。でもねぇ、出港直前で欠航なんてあり得ないよ(T_T) ただ乗客は自分を含めて3人だったので大きな混乱はなかったもよう。

ちなみに渡船欠航の際のプランBは新湊大橋の歩行者用通路を歩いて渡る。さらに新湊大橋も通行禁止となった時は富山新港を迂回するプランCのキューシートも用意されていた。この場合、距離は6.3キロ増えるが、いずれにせよ、ルートに問題はない。
プランBのキューシートに従って新湊大橋へ戻っていると、路面電車がトコトコとやってきた。後で調べて見ると、これは万葉線で、高岡駅から越ノ潟駅までの12.9キロを結ぶ路面電車。運良く15時34分着のドラえもんトラムに遭遇したようだった。災い転じて福と成す(^_^;

さて新湊大橋。エレベーターで2階に上り、海から47メートルの空中通路を500メートルほど歩く。しまなみ海道の来島海峡大橋とほぼ同じ高さだ。高所恐怖症なんでねぇ、怖いのよ。ただあちらは自転車道がむきだしだが、こちらはアクリル板で覆われているのでまだマシかな。



歩行者専用通路の「あいの風プロムナード」を押し歩いて対岸に渡り、堀岡発着場近くの正規ルートに復帰したのは午後3時48分。思ったより時間は食ってなかったようだ。

神通(じんつう)川って朝も渡ったなと思いながら今度は西から東へ渡ると、江戸時代初期から日本海を行き来する北前船の港町として栄えた岩瀬の古い町並みが出迎えてくれた。交易が盛んになった明治時代には川岸を背にして廻船問屋が建ち並び、現在も残る港町が形成されたという。



この前後からナショナルサイクルルートの富山湾岸コースを走るようになる。2年前に氷見から新湊を走ったことがあり、今回は期せずして新湊から魚津付近までを走ることになった。


最後の古い町並みは177キロ地点の「なめりかわ宿場回廊」。北国街道の宿場町として人の往来や物資の流通で賑わったそうだが、ここは予習不足もあって何を見ればいいのか分からず。後で調べたら、映画「大コメ騒動」などのロケ地となった、国登録有形文化財である旧宮崎酒造などが見どころだったようだ。

いよいよブルベも終盤。魚津からは暮れなずむ富山湾を左手に見ながら「しんきろうロード」をひた走る。できれば蜃気楼シーズンの3月下旬〜6月上旬にブルベを開催してほしいと思っていたら、来年は4月に開催するそうな。また来ようかな。
魚津水族館を通りががった時になんと観覧車発見。これって序盤、遙か彼方に見えた観覧車じゃね? おぉ〜、戻ってきた感があるねぇ。

蜃気楼展望地点の近くに「世界で最も美しい湾 富山湾」と書かれた案内版があった。確かにそうだとは思うが誰が決めたんだと読んでみると「2014年10月、『世界で最も美しい湾クラブ』への加盟が承認された」かららしい。フランスのモンサンミシェル湾、ベトナムのパロン湾、アメリカのサンフランシスコ湾など世界38湾(24カ国、1地域)が加盟しているそうだ。ちなみに日本では松島湾、駿河湾、宮津湾・伊根湾、九十九島・北松浦半島。



196.7キロ地点の黒部漁港前を右折して富山湾に別れを告げ、ゴール地点の黒部へ向かう。この少し前からナイトラン。
200.9キロ地点の「ファミリーマート黒部IC口店」には午後5時58分の到着。ささっと買い物を済ませるとレシートの時間は59分。よっしゃぁ、ぎりぎり10時間台の10時間59分で完走だ♪
見どころたっぷり、おまけにトラブルも発生し(^_^; 飽きることのない200キロだった。そしてコースも最高。よく練られていたし、よくこんなの引けたよなぁ。素晴らしい。


さて、道中では土地のものを食べられなかったので、夕食はゴール受付の黒部宇奈月温泉駅で買った「富山 ますのすし」(2000円)。初めていただいたけど、すごいボリュームだねぇ。年寄りには食べきれないよ、ハーフサイズがあればいいのにって調べてみると「ますのすし小箱」(1200円)があるじゃないか。食べやすく切れ込みもあるので次回はこっちにしよっと。


この日の走行距離は201.5キロ、獲得標高は1518メートル。ホテルからの自走、ゴール地点からゴール受付までの自走を合わせた総走行距離は213キロ。
遠征はやっぱ楽しいね。さて次はどこへ行こうかな(^o^)
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